筆界と所有権界は、別のものとして扱われています
境界という言葉は日常では一つの意味で使われますが、土地の登記の世界では二つを分けて考えます。法務局の説明によれば、筆界とは「土地が登記された際にその土地の範囲を区画するものとして定められた線」であり、名古屋法務局の資料では「公法上の地番界」と注記されています。ここが大切なところで、筆界は過去に登記された時点ですでに決まっている線ですから、いま向かい合っている所有者どうしが話し合って「ここを境にしましょう」と決めても、それによって筆界の位置が動くわけではありません。
もう一方の所有権界は、同じ名古屋法務局の資料で「私法上の境界とも言われ、当事者の合意等により移動するため、筆界と異なる場合があります」と説明されています。横浜地方法務局のページでも、所有権界は「土地の所有者の方の権利がどこまで及ぶかを示す境界」とされ、筆界と一致しないこともあると明記されています。千葉地方法務局のページも「筆界は所有権の範囲と一致することが多いのですが、一致しないこともあります」と書いています。
たとえば、もともと一人の所有だった一筆の土地の一部分だけが他の人に売られ、その部分について分筆の登記がされないままになっていると、所有権の及ぶ範囲は動いているのに筆界は元のままという状態になります。売却の相談の場で「境界が違う気がする」という話が出るとき、実は筆界の話をしているのか所有権界の話をしているのかが食い違っていることがあります。まず、自分が困っているのはどちらなのかを言葉にしてみることが、遠回りのようで早い道になります。
筆界特定制度は、誰が何をする手続きなのか
法務局の案内によれば、筆界特定制度とは「土地の所有者として登記されている人などの申請があった場合に、法務局または地方法務局の筆界特定登記官が、外部の専門家である筆界調査委員の意見を踏まえて、中立・公正な立場で現地における土地の筆界の位置または範囲を特定する制度」です。千葉地方法務局のページでは、この制度は2006年1月20日から開始されたと説明されています。
ここで重要なのは、新しく境界を決めてもらう制度ではないということです。法務局の説明は、あくまで登記された際の筆界が現地のどこにあるのかを明らかにするものだと述べており、法務局のQ&Aでも、筆界調査委員が法務局職員とともに実地調査や測量を行い、筆界特定登記官がその意見と各種資料を総合的に考慮して特定する、と整理されています。そして法務局の案内は、この制度が土地の所有権界がどこにあるかを特定することを目的とはしていない、とはっきり書いています。
手続の流れは、申請、公告と関係人への通知、資料収集と現地調査、測量、申請人や関係人が意見を述べたり資料を提出する機会、筆界特定、特定書の通知と公告、という順で進むと法務局が説明しています。申請できるのは土地の所有権登記名義人等で、申請は法務局・地方法務局の本局に対して行い、支局や出張所を経由して申請することもできます。測量が必要な場合には、測量費用の概算額を申請人が予納することとされ、納付がないと申請が却下される旨も案内されています。
筆界特定と「境界確定測量」を混同しないために
売却の場面でよく聞く「確定測量」「境界確定測量」という言葉は、筆界特定制度とは別のものです。土地家屋調査士法第3条第1項は、土地家屋調査士の業務として、不動産の表示に関する登記について必要な土地または家屋に関する調査または測量、登記の申請手続についての代理、法務局に提出する書類の作成などを掲げています。隣地の所有者に立ち会ってもらいながら現地を測り、図面や書面にまとめていく実務は、この調査・測量の仕事として行われるものです。
一方の筆界特定は、法務局の筆界特定登記官が判断を示す行政手続です。名古屋法務局の資料は、筆界特定制度の主体を法務局の筆界特定室、対象を筆界と整理したうえで、筆界の位置について行政レベルでの判断を示すものだと説明しています。つまり、依頼を受けた専門家が測って書面をつくるのか、それとも国の機関が調査のうえ判断を示すのかという点で、そもそも性質が異なります。
同じ土地家屋調査士法第3条第1項は、第4号で「筆界特定の手続についての代理」を、第7号で「土地の筆界が現地において明らかでないことを原因とする民事に関する紛争に係る民間紛争解決手続についての代理」を業務として挙げています。つまり土地家屋調査士は、測量を担う立場でもあり、筆界特定の申請を代理する立場にもなりえます。人が重なるので混ざって聞こえますが、手続としては別のものだと分けて受け止めておくと、費用の見積もりや期間の見通しを聞くときに話がかみ合いやすくなります。
なお、売買にあたって確定測量を行うことや、隣地の所有者との間で筆界確認書を取り交わすことについては、ここで参照した法務局・国土交通省・法令の資料に、所有者の義務として定めた記載は見当たりませんでした。これらは取引の実務として求められることがある取扱いであり、どこまで必要になるかは土地の状況や買主との取り決めによって変わります。必要かどうかを、法令上の義務であるかのように受け取らず、根拠を尋ねながら決めていくのが安全です。
争いがあるときの三つの道と、その向き不向き
名古屋法務局が公開している「境界問題でお困りの方へ」という資料には、筆界特定制度、土地家屋調査士会ADR、境界確定訴訟の三つを並べた比較表が載っています。筆界特定制度は筆界を対象とし、標準処理期間は9か月とされていますが、測量成果が提出されない場合や関係人の人数によってはもっとかかることもある、と書かれています。申請手数料は、特定を求める筆界に係る対象土地の固定資産税課税台帳に登録された価格によって算定されます。
土地家屋調査士会ADRは、同じ資料で「裁判外紛争解決手続の1つ」とされ、筆界が明らかでないことに起因する所有権界等に関する争いについて、土地家屋調査士と弁護士が協働して相談・調停等を行い、話合いによる解決を進める制度だと説明されています。対象は境界問題全般とされ、調停が成立すれば合意内容を記載した和解契約書を作成し、話し合いによって境界標を埋設することもできる、とあります。ただし相手方が調停に応じなければ手続を進めることができません。なお、この資料が窓口として挙げているのは愛知県の境界問題相談センターですから、どこに相談できるかは自分の土地の地域に合わせて確かめる必要があります。
境界確定訴訟は、裁判所に対し筆界を確定することを求め、判決の確定により筆界を形成する訴訟だと同資料は整理しています。判決内容には法的拘束力が生じ、不服があれば上訴もできます。対象は筆界ですが、所有権の範囲を確認する訴えなどと併せて提起することも可能だと同資料は記しています。一方で注意点として、隣人を訴えることになるため隣人関係に悪影響を及ぼすおそれがあること、判決が確定したあとは当事者から登記申請を行う必要があることも挙げられています。審理にかかる期間について、同資料は注記として2015年(平成27年)7月10日公表の「裁判の迅速化に係る検証に関する報告書(第6回)」を引きながら、土地境界に関する訴訟の平均審理期間を15.8か月と記しています。ただしこれは10年以上前に公表された報告書の数値であり、いまの審理期間を示すものではありません。年数の経過とともに数値は変わりますので、目安として受け取らず、実際の見通しは弁護士や管轄の裁判所に確かめてください。どれを選ぶかは相手との関係や求めたい結果によって変わるので、まずは管轄の法務局や専門家に状況を伝えて確かめるのが確実です。
筆界特定でできないこと、残ること
筆界特定制度には、はっきりと「できない」と案内されていることがあります。名古屋法務局の資料は、注意点として、境界標を埋設することはできず、土地の明渡しや工作物の撤去などの問題を取り扱うこともできないと書いています。さらに、法的拘束力はなく、特定された筆界に不満がある場合や拘束力のある判決が必要な場合には裁判で解決を図ることになる、とも記されています。
千葉地方法務局のページも同じ趣旨を、筆界特定は関係当事者の権利義務を形成したりその範囲を確定したりすることができない、という言い方で説明しています。そのため境界標の埋設や越境物の撤去には当事者の合意が必要であり、全面的な解決には裁判手続や裁判外紛争解決手続を利用する必要があるとされています。越境した塀や庇をどうするかという話は、筆界特定だけでは片付かないということです。
他方で、残るものもあります。名古屋法務局の資料によれば、筆界特定の結論と理由の要旨を記載した筆界特定書は永久に保存され、対象土地の登記記録には筆界特定がされた旨が記載されます。将来にわたって参照できる記録が公的に残るという点は、売却の相手方に説明する材料としても意味を持ちます。ここも「決着した」と言い切らず、何が残って何が残らないのかを分けて伝えるのが誠実なやり方です。
まず手元にそろえる図面と、その取り方
何から始めればよいか迷ったら、登記所にある図面を取り寄せるところからで構いません。法務局の説明によれば、登記所には大きく分けて二種類の地図が備え付けられています。一つは不動産登記法第14条第1項の規定によって備え付けることとされている地図で、精度の高い調査・測量の成果に基づいて作成されたものです。もう一つは、その地図が備え付けられるまでの間これに代わって備え付けられる「地図に準ずる図面」(同法第14条第4項、いわゆる公図)で、土地の位置、形状および地番を表示しているものです。なお法務局の同じ説明は、第14条第1項の地図について、精度は高いものの備付けが完了していない地域もあると書き添えています。
地積測量図については、盛岡地方法務局の案内が、一筆の土地の所在を表示した土地所在図と、一筆の土地の測量の結果を表示した地積測量図があり、分筆登記などの申請の際に提出されるものだと説明しています。同じ案内は、これらの図面はどなたでも請求でき、請求の際に印鑑や身分証明等は必要ないとも書いています。裏を返せば、すべての土地に地積測量図があるとは限らないということでもあります。
請求の方法は、法務局の案内(情報番号1102)によれば三つあります。管轄の登記所または最寄りの登記所の窓口に請求書を提出する方法、請求書を郵送する方法、そして登記・供託オンライン申請システムを通じてオンラインで請求する方法です。手数料については、令和7年4月1日からの法務局の手数料一覧に、地図等証明書・土地所在図等証明書が書面請求で500円、オンライン請求で送付を受ける場合が470円、オンライン請求で窓口交付を受ける場合が440円と示されています。手数料納付の単位は、地図等の証明書が一筆の土地または一個の建物、土地所在図等の証明書が一事件とされています。同じ一覧には、筆界特定書の写しが一通550円、図面の写しが一図面450円という額も載っています。なお請求には、いわゆる住居表示ではなく登記記録上の地番が必要で、地番が分からないとオンラインによる送付請求などが利用できないと法務局は注意を促しています。登記情報提供サービスについては、法務局が保有する登記簿・公図等の情報を提供するサービスで、運営は一般財団法人民事法務協会と表示されています。画面で確かめたいときに使えますが、証明書が必要な場面では登記所への請求が要るかどうかを確認しておくと安心です。
公図が現況と合わないことがある、という前提
図面を手にしたとき、思っていた形と違って戸惑うことがあります。これは珍しいことではありません。法務局の説明によれば、地図に準ずる図面の大部分は明治時代に作成された旧土地台帳附属地図で、昭和25年以降に税務署から登記所に移管されたものであり、第14条第1項の地図と比べると精度が劣ります。同じ説明には、土地の形状が現地と一致していないものもあり、登記された土地のおおよその位置、地番とその隣接関係を表示しているものと考えてほしい、と書かれています。
国土交通省の地籍調査ウェブサイトも、全国の登記所に備え付けられている図面のうち正確な測量に基づき作成された地図は全体の半数程度にとどまり、残りの大部分はいわゆる公図で、現況とは大きく異なっていることもあると説明しています。つまり、公図と現地が合わないこと自体は、誰かの落ち度というより制度の歴史から来ている面があります。
地籍調査は主に市町村等が実施主体となって行われ、一筆地調査では、境界をはさんだ土地所有者双方の合意の上で土地の境界を確認してもらい、確認された境界に杭を打つ、と同サイトは説明しています。その成果である地籍図と地籍簿の写しは登記所に送付され、登記所では地籍簿をもとに登記簿を修正し、地籍図をそれまでの地図に代わる正式な地図とするとされています。自分の土地の地域で地籍調査が済んでいるかどうかは、市町村の担当窓口に尋ねると確かめられます。
売却の段取りの、どこに境界確認を置くか
順番としては、まず図面を取り寄せて現状を把握し、次に現地で境界標が残っているかを目で確かめ、そのうえで、隣地との間に食い違いがありそうかどうかを見極める、という流れが無理がありません。食い違いが見当たらないなら、測量や制度利用が必ず要るわけではありません。逆に、塀や擁壁が図面と明らかにずれている、隣地の方と過去に行き違いがあった、といった事情があるなら、買主を探し始める前に相談を始めておいたほうが落ち着いて進められます。
期間の見通しも、判断の材料になります。名古屋法務局の資料が示す筆界特定の標準処理期間は9か月で、測量成果が提出されない場合や関係人の人数によってはさらにかかるとされています。訴訟になった場合にどれくらいかかるかについては、いまの水準を示す数値をこの記事では挙げません。どちらにしても月単位の時間がかかり、売買の日程とぶつかりうる長さですから、「買主が見つかってから考える」と後回しにすると、引渡しの時期を動かさざるをえなくなることがあります。時間のかかる手続ほど、早い段階で見通しを立てておく価値があります。
そのうえで、不動産会社に相談するときには、境界がどうなっているかを隠さず先に伝えてください。公図や地積測量図の有無、境界標が見つかるかどうか、隣地の方と話ができる関係かどうか。この三つを伝えられれば、会社側も現実的な段取りを示しやすくなります。制度は、争いを一気に片付ける魔法ではなく、どこまでが公的に確かめられることかを線引きしてくれる道具です。その線引きを早めに手に入れておくことが、結果として穏やかな売却につながります。
相談の前に確かめるチェックリスト
- 自分が困っているのは筆界の話か所有権界の話か、言葉にして整理してみる。
- 管轄の登記所で、地図または地図に準ずる図面(公図)の証明書を請求する。
- 対象の土地に地積測量図が備えられているかどうかを登記所で確かめる。
- 現地に境界標が残っているか、図面と現況がずれていないかを自分の目で見る。
- 市町村の担当窓口に、その地域で地籍調査が実施済みかどうかを尋ねる。
- 隣地と食い違いがありそうなら、買主を探し始める前に法務局や専門家に相談する。



