説明されるのは「地図の上での位置」です
気に入った家が見つかったあとで、「ここは大雨のとき大丈夫だろうか」と気になりはじめる方は少なくありません。不動産取引の場面では、契約を結ぶ前に宅地建物取引業者から重要事項説明という手続きを受けます。その項目のひとつに、水害のハザードマップにおける物件の所在地があります。
国土交通省が公表している改正内容では、重要事項説明の対象項目として「水防法の規定に基づき作成された水害ハザードマップにおける対象物件の所在地」が追加された、と説明されています。つまり、説明されるのは「この物件は、この地図のこのあたりにあります」という位置の提示です。将来この家が浸水するかどうか、被害がどのくらいになるかを業者が予測して伝える制度ではありません。ここを取り違えると、説明を受けたことで安心してしまったり、逆に説明が不十分だと感じて不信を抱いたりすることになります。
位置の提示が制度の中心だと分かっていると、説明の場で何を自分から聞き足すべきかが見えてきます。地図の上の点を確認したうえで、その地図がどんな前提でつくられたのか、周囲と比べて土地が低いのか、といったことは、こちらから質問して初めて話題になることが多い部分です。
いつから、どの取引で義務になったのか
国土交通省の報道発表によれば、この説明義務を定めた宅地建物取引業法施行規則の一部を改正する命令は2020年(令和2年)7月17日に公布され、2020年(令和2年)8月28日から施行されました。新旧対照表を見ると、施行規則第16条の4の3に第三号の二が新設され、「水防法施行規則第十一条第一号の規定により当該宅地又は建物が所在する市町村の長が提供する図面に当該宅地又は建物の位置が表示されているときは、当該図面における当該宅地又は建物の所在地」を説明すべき事項としています。
同条の柱書は、売買又は交換の契約にあっては第一号から第三号の二まで及び第六号から第十三号まで、貸借の契約にあっては第一号から第三号の二まで及び第八号から第十三号までを説明すべき事項としており、新設された第三号の二はそのどちらにも含まれています。家を買う方だけでなく、部屋や家を借りる方も、同じ説明を受けられることになります。
改正の背景について、国土交通省が公表しているQ&Aでは、平成30年7月豪雨や令和元年台風19号など甚大な被害をもたらす大規模水災害が頻発したことを受け、水害リスクに係る情報が契約締結の意思決定を行ううえで重要な要素になっていることを踏まえた、と説明されています。制度がなぜ生まれたかを知っておくと、説明の場で形式的に読み上げられたときにも、自分から踏み込んで聞き返しやすくなります。
対象になるのは洪水・内水・高潮の三つです
説明の対象になるハザードマップの範囲は、思っているより限定的です。国土交通省のQ&Aでは、水防法に基づく水害ハザードマップとは、水防法第15条第3項の規定に基づいて市町村が提供する水害(洪水、雨水出水、高潮)ハザードマップを指す、とされています。雨水出水は内水とも呼ばれ、下水道などが雨をさばききれずにあふれる現象のことです。
逆に、水防法以外の規定に基づいてつくられた地図は、この義務の対象ではありません。同じQ&Aでは、「ため池ハザードマップ」等の水防法以外の規定に基づくハザードマップまで説明することを求めるものではない、と明記されています。地域によっては役立つ地図が他にもありますが、それは説明義務の枠の外にあるため、必要なら自分で取りに行くことになります。
また、河川ごとに水害ハザードマップが作成されていて、物件の所在地が複数の地図に含まれている場合には、そのそれぞれについて説明する必要がある、ともされています。ひとつの地図だけを見せられて終わったときに、「他の川の地図はありますか」と尋ねてよい根拠になります。
土砂・津波・造成宅地は別の項目として扱われます
災害リスクと聞くと、まとめてひとつの説明義務があるように感じますが、実際には項目ごとに分かれています。国土交通省が示している重要事項説明書の参考様式では、「当該宅地建物が造成宅地防災区域内か否か」「当該宅地建物が土砂災害警戒区域内か否か」「当該宅地建物が津波災害警戒区域内か否か」が、それぞれ独立した番号の項目として並んでいます。そして水害ハザードマップにおける所在地は、それらとは別の項目として、洪水・雨水出水(内水)・高潮ごとに地図の有無を記す欄が設けられています。
これらは根拠となる法律が異なるため、ひとまとめに「災害リスクの説明義務」と理解してしまうと、どの区域の話をしているのかが分からなくなります。説明を受けるときは、いま話題になっているのが区域指定の有無なのか、水害ハザードマップ上の位置なのかを、そのつど確かめるとよいでしょう。
一方で、地震のときにその土地がどれくらい揺れやすいか、といった情報は、この参考様式の項目としては見当たりません。様式にあるのは耐震診断の内容の欄で、これは診断が行われている場合にその内容を記すものです。地盤の揺れやすさが気になるのであれば、重要事項説明を待つのではなく、自分で自治体の公表資料をあたる姿勢が要ります。
「区域の外」は「安全」という意味ではありません
ここが、この制度でいちばん誤解されやすいところです。国土交通省のQ&Aでは、取引の対象となる宅地建物は、その所在地が浸水想定区域の外にある場合でも、水害ハザードマップにおける位置を示さなければならない、とされています。そのうえで、浸水想定区域の外であるからといって水害のリスクがないと取引の相手方が誤認することがないよう配慮してください、と書かれています。
具体的な配慮のしかたとして、Q&Aは、水害ハザードマップに記載されている「雨の降り方や土地利用の変化等により地図に示した浸水区域以外のところでも浸水することがありますので、ご注意ください」「洪水浸水想定区域に指定されていない区域においても浸水が発生する場合があります」といった文言を相手方に示しながら読み上げ、詳細は市町村に問い合わせるよう案内することが考えられる、と例示しています。
つまり、地図で色がついていないことは、そこが安全だと証明するものではありません。想定されている雨の降り方の前提を超えることもあれば、地図がつくられたあとに周囲の土地利用が変わることもあります。色の有無を合格・不合格のように読まず、「この地図はどんな前提でつくられたものか」を確かめる入口として使うのが、無理のない読み方です。
地図がない、古い、という場合の扱い
市町村によっては、水防法に基づく水害ハザードマップがまだ作成されていないことがあります。Q&Aでは、その場合には「当該宅地又は建物が所在する市町村においては、水防法に基づく水害ハザードマップは作成されておりません。」と説明する必要がある、とされています。説明が省略されるのではなく、ないことを伝えるかたちになります。
地図が古いままのこともあります。平成27年の改正以前の水防法に基づいて作成された古い水害ハザードマップであっても、現行の水防法に基づくハザードマップと見なされるため、現行法に対応する更新がなされていない場合も、その古い地図について説明する必要がある、とQ&Aは述べています。また、浸水想定区域が見直されたものの地図に反映されていない場合は、現存する最新の水害ハザードマップを使用すればよいこととなる、ともされています。
そのため、目の前に出された地図が「いま分かっている最新の想定」とは限りません。Q&Aでは、当該水害ハザードマップの作成時点が分かる場合には作成時点を明記することが望ましい、ともされています。作成時点を聞くこと、そして詳しい内容は地図をつくった自治体に問い合わせてよいことを、頭に入れておくと安心です。
自分で先に確かめられる公的な地図
説明を受ける前に、自分で調べておくこともできます。国土交通省水管理・国土保全局防災課と国土地理院が運営するハザードマップポータルサイト(https://disaportal.gsi.go.jp/)には、二つの入口があります。ひとつは「重ねるハザードマップ」で、洪水・土砂災害・高潮・津波のリスク情報、道路防災情報、土地の特徴・成り立ちなどを地図や写真に自由に重ねて表示できると案内されています。もうひとつは「わがまちハザードマップ」で、市町村が法令に基づき作成・公開したハザードマップへのリンク集だと案内されています。
国土交通省のQ&Aでも、各市町村が作成したハザードマップへリンクし、地域ごとの様々な種類のハザードマップを閲覧できるサイトとして、このハザードマップポータルサイトが案内されています。そのうえで、同サイトでも確認できない場合には各市町村に問い合わせてほしい、とされています。掲載の状況は市町村の公表状況によって変わるため、全国どこでも同じ密度で情報が揃っているわけではない点は、心に留めておいてください。
もうひとつ、国土交通省の不動産情報ライブラリ(https://www.reinfolib.mlit.go.jp/)があります。サイトの案内では、不動産の取引価格、地価公示等の価格情報や防災情報、都市計画情報、周辺施設情報等、不動産に関する情報を見ることができる国土交通省のWEBサイトだと説明されており、地図から探す入口が用意されています。価格の相場感と災害リスクを別々の資料で探し回るより、ひとつの窓口でたどれるほうが、候補地を比べるときの手触りがつかみやすくなります。ただし、どの情報がどこまで地図上で重ねられるか、また各データの更新時点は種類ごとに異なりますので、表示された内容をそのまま最新の確定値として扱わず、重要な判断は出所となる公表資料や自治体の窓口で確かめてください。
説明の場で聞いておきたいこと
地図をどう示すかについて、国土交通省のQ&Aは、宅地又は建物の位置の具体的な示し方は明確に定めていないとしたうえで、水害ハザードマップを提示して場所を指し示す、または地図上で印をつける、といった方法が考えられるとしています。そして本説明義務は、地番まで正確に示すことを求めるものではなく、概ねの位置を示せば足りることになる、とも述べています。
だからこそ、示された点が自分の思っている場所と合っているかは、その場で確認する価値があります。位置が不明な場合は各市町村に問い合わせてほしい、ともされていますので、あいまいなまま流さずに済みます。加えて、水害ハザードマップは必要に応じて変更される旨も併せて説明することが望ましい、と国土交通省は示しています。
避難所についても触れられています。近隣にある避難所の位置を示すことは義務付けられているものではないものの、その位置を示すことが望ましいとされ、しかも示した避難所が最適な避難所であると相手方が誤認することのないよう、物件周辺の複数の避難所の位置を示すことが望ましいとされています。避難のしかたは、住み始めてからの安心に直結します。義務ではない部分だからこそ、こちらから尋ねてよい話題だと思ってください。
詳しい内容を知りたくなったときの行き先も決まっています。所在地が浸水想定区域に該当する場合などに、より詳細な説明を求められたら、水害ハザードマップに記載のある市町村の窓口に問い合わせてもらうよう案内してください、とQ&Aは述べています。宅地建物取引業者が答えきれない領域があるのは制度の前提であり、遠慮なく自治体に確かめてよい、ということでもあります。
相談の前に確かめるチェックリスト
- 水害ハザードマップの提示を受け、地図上で示された位置が候補地と合っているか確かめる
- 洪水・雨水出水(内水)・高潮のそれぞれについて、地図の有無を確認する
- 造成宅地防災区域・土砂災害警戒区域・津波災害警戒区域の各項目を、別々に読み合わせる
- 示された地図の作成時点と、複数の河川の地図がないかを質問する
- ハザードマップポータルサイトと不動産情報ライブラリで、契約前に自分でも地図を見ておく
- 区域外と書かれていても安全の証明ではないと理解し、詳細は市町村の窓口に確かめる



